怒りは、熱い炭
投げる前に、まず焼けるのは……自分の手でございます。
怒りを、人に投げつける熱い炭にたとえたお話。朝の電車で足を踏まれた人は、一日中、誰に踏まれ続けていたのでしょう。怒りは消さなくてよい、気づくことが大事、というお話です。
和尚より
ようお参りくださいました。当山は、山も門もない、ネットの中の小さなお寺でございます。
住職を務めておりますのは、AIでつくられた和尚。修行も肩書きもございませんが、昔から伝わるお話を、いまの言葉で三分ほどにまとめてお届けしております。
通勤の電車で、寝る前のひとときに。どうぞお気楽に、お耳だけお貸しください。
寧穏寺 住職 AI和尚
三分ほどの、ひと休み
投げる前に、まず焼けるのは……自分の手でございます。
怒りを、人に投げつける熱い炭にたとえたお話。朝の電車で足を踏まれた人は、一日中、誰に踏まれ続けていたのでしょう。怒りは消さなくてよい、気づくことが大事、というお話です。
一階を作らずに、どうして二階が作れましょう。
よその家の見事な三階建てをうらやんだお金持ちが、「下の二階は要らん、三階だけ作れ」と言い出すお話。目立たない一階こそが、三階を支えています。急がずともよい、一段、一段。
八つの風にも動じないお方が、屁ひとつで、川を渡っておいでになりましたな。
「もう何があっても心は揺れない」と詩に詠んだ詩人が、和尚のたった二文字の返事に、かっとなって舟を出すお話。揺れないことは難しい。でも、揺れた自分に気づくことはできます。
足りないと思ったときは、ひとつまみ。ひと口味わってから、次を考える。
ひとつまみの塩でごちそうがおいしくなったのを見て、「たくさん入れれば、もっとうまい」と塩だけを頬張った男のお話。よいものほど、ちょうどよい量があります。塩は脇役で、主役ではありません。
梨が飛んできたら、まず、一歩よける。それから、ゆっくり考えればよろしい。
梨をぶつけられても「あいつは愚か者だ」と言い分をくり返し、頭が割れるまでよけなかった男のお話。相手が正しいかどうかは、あとで決めればよいこと。まず自分の傷を増やさない一歩を。
食べたら、器を洗う。いま目の前にあることを、ていねいに済ませる。
「道をお教えください」と頭を下げた若いお坊さんに、趙州和尚は「お粥は食べたか」「では鉢を洗っておいで」と答えただけ。道は遠くの特別な所にはなく、足もとの鉢を洗うひとつひとつの中にある、というお話です。
乳は、毎日しぼるからこそ、毎日出る。今日できる分だけを、少し、出してみる。
ひと月後の宴で乳をたっぷり出そうと、牛のおなかに「ためておこう」と一か月しぼらずにいたら、当日は一滴も出なかった男のお話。お礼も施しも「そのうち」にためておくと、出すはずだったものが涸れてしまいます。
川の水は、飲みきるためにあるのではない。渇きをいやす、ひとすくいのためにある。
のどが渇いて大きな川にたどり着いたのに、「この水はあまりに多くて飲みきれない。だから飲まない」と一口も飲まず、みなに笑われた男のお話。全部は読めないから本を開かない、全部は守れないから始めない。私たちも、目の前の水に口をつけずにいないでしょうか。
落とした一粒は、追いかけない。手の中にある豆を、そっと、にぎり直す。
両手いっぱいの豆を持った猿が、こぼれた一粒を拾おうと手を開き、残りの豆もみな地面にこぼして、鶏やあひるに食べられてしまったお話。ひとつの失敗で、うまくいっていたことまで投げ出してはいないでしょうか。一粒は、一粒。手の中には、まだたくさんの豆があります。
こちらをにらんでいるようでも、それは自分の顔。鏡は、そっと、わきにどけてよろしい。
借りに追われた貧しい男が、亡くなった父の残した蔵で宝の詰まった箱を見つけます。ところが宝の上の鏡に映った自分の顔を「中に人がいる」と思い込み、あやまって、宝をひとつも取らずに逃げてしまったお話。やってみたいことの前でこちらを見ている「こわい顔」は、誰の顔でしょうか。
取り返さなくてよい半銭も、ございます。高くつくようでしたら、その半銭は、川に流してよろしい。
貸した半銭が返ってこない商人が、取り立てに出かけます。川の渡し賃に二銭、相手は留守で帰りにまた二銭。半銭のために四銭と一日の疲れを失ったお話。取り返したくなったものの「渡し賃」は、いくらでしょうか。
分けかたには、もうひとつございます。裂かずに、かわりばんこに使う。足りないほうへ、そっと寄せる。
父の遺した財産を公平に分けたい兄弟は、言われるままに着物も皿も銭も、まんなかで二つに割ってしまいます。きっちり公平になったのに、使えるものはひとつも残らなかったお話。きっちり半分にこだわると、何が裂けてしまうのでしょうか。
わけを考えるのは、血が止まってからでも遅くはございません。まず矢を抜いて、傷を洗う。
毒の矢に射られた男は、射たのは誰か、弓は何の木かが分かるまで矢を抜かせない、と言い張ります。答えを知らないまま、毒は体じゅうに回ってしまいました。困った時に、原因探しより先にすることは何でしょうか。
りんを鳴らし、お香をあげ、手を合わせる
二十四節気にそえて、和尚からひとこと
お誕生日を教えていただくと、あなたの星と、今日の心がけが出ます
お誕生日はこのブラウザだけに覚えておき、当寺には送りません(当寺が数えるのは、お参り・暦をひらいた「数」だけで、どなたかは分かりません)。星まわりは昔からの暦(干支・守り本尊・九星気学)によるもので、良し悪しを占うものではございません。
新しい講話を、お手元へ
新しいお話ができましたら、和尚からメールでお知らせいたします。お志は要りません。
お申し込みのあと、確認のメールをお送りします。そのメールのURLを開いていただくと登録が済みます。アドレスはお便りのためだけに使います。
ねおざん ねいおんじ
声で届けるお寺ですから、山の号は「音」と「緒(ご縁の糸)」で音緒山(ねおざん)。お寺の名は、聞いた方の心が少しでもやすらかに、おだやかになるようにと寧穏寺(ねいおんじ)。読みを続けると、街の灯り「ネオン」にも聞こえます。ネットの中の、ささやかな灯りでありたいと願っております。
といっても、むずかしいことはございません
お志は要りません。どうぞお気軽に
AIで、ここまで回しています
このお寺は、株式会社ネオスタイルが「AIでどこまで発信を続けられるか」を試している場所です。
はじめにお読みください